【事例】株式会社クラシコム
当社監訳書籍『アジャイルデータモデリング - 組織にデータ分析を広めるためのテーブル設計ガイド』の寄稿事例をWEB掲載しています。
- 本書における寄稿事例の位置づけについては寄稿事例について を参照してください。
- 本ページに掲載している画像および図表については、いずれも同書籍からの引用となります。
寄稿者:執行役員 ビジネスプラットフォーム部 部長 高尾清貴
株式会社クラシコムは「北欧、暮らしの道具店」を運営し、ネットショップでの商品販売やメディアでのコンテンツ発信を行っています。風音屋では3年以上にわたって、クラシコムのデータ活用推進を支援してきました。
どのようにECサイトのKPIを設計し、モニタリングしているか。どのように集計ロジック(ファクトとディメンション)を管理しているか。どのようなツールやテクノロジーを活用しているか。実践的な事例やノウハウを紹介できればと考えております。
クラシコムは、「フィットする暮らし、つくろう。」をミッションとして掲げています。「自分の生き方を自分らしいと感じ、満足できること」を「フィットする暮らし」だと考え、多くの人のフィットする暮らしづくりに貢献することを目指しています。クラシコムが運営するライフカルチャープラットフォーム「北欧、暮らしの道具店」には3つの側面があります。
- D2C(direct to consumer):ユーザーの暮らしにフィットする商品の販売を行っています。アパレル、キッチン、インテリア雑貨などが主力商品です。
- コンテンツパブリッシャー:ライフカルチャーを表現する記事や動画等のコンテンツを、自社サイトやSNS等の多様なチャネルから配信しています。
- ブランドソリューション:当社の保有するブランドやケイパビリティを活用し、クライアント企業のブランディング上の課題に対する総合的なマーケティングソリューションを提供しています。
図1 「北欧、暮らしの道具店」のビジネスモデル
図1で示すように、事業を運営する過程で「コンテンツ」や「ブランド」、そして「データ」を自社のカルチャーアセットとして蓄積・活用しています。具体的には以下のようなデータを扱います。
- ECにまつわる注文データ、会員データ
- ウェブ、アプリ上の行動ログ
- 読み物や動画などコンテンツに関するデータ
- 商品の在庫データ、発注データ
- 顧客対応データ
- SNSアカウントのデータ
- 予算データ
D2Cの売上高を図2のようなKPIツリーに分解して、時系列での推移をウォッチしています。新規会員登録数や顧客継続率(リピート率)についても確認しており、一般的なEC小売と同じ構造になっています。
図2 D2C事業のKPIツリー
KPIダッシュボードではプラットフォーム(ウェブ/アプリ)ごとに各指標を一覧化し、YoY(Year on Year:前年比)の値と比較できるように表示しています。LookerというBIツールを用いて、柔軟にディメンションを指定してデータを絞り込めるように設定しました。図3が画面イメージです。
- 出荷日(集計を会計年度、会計四半期、月次、週次、日次で変換可能)
- プラットフォーム(ウェブなのかアプリなのか、アプリはiOSなのか、androidなのか)
- 定価販売なのか、セール販売なのか
- 新規注文なのか、リピート注文なのか
- 決済手段はなにか
- 流入経路はどこからだったのか
KPIの推移を確認するのと合わせて、「発注数量に対する消化率」や「ユーザーを新規・リピートに切り分けた上での売上推移」など、多面的な軸でデータを探索できるようになっています。
図3 ディメンション指定によるデータの絞り込み
他にも「継続購入分析」と呼んでいるダッシュボードを重視しています。ECにおける「注文」のビジネスイベントに注目し、以下のような指標をモニタリングすることで、事業の健全性を確認しています。
- 1か月後のF2転換率(初購入月ごとに初購入から1か月後に2回以上のお買い物をしたお客様の割合)の推移
- 2か月後のF2転換率の推移
- LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)の推移
毎月の取締役会では、これらのKPIレポートの数字を経営陣で確認しています。予算立案時の予測値とのずれについて「想定と異なることが起きていないか」とみんなで考察を行っています。予測と実測が乖離するようであれば、「何かがおかしいのかもしれない」「前提を見直すべきかもしれない」と議論することで、経営を健全な状態に保つようにしています。
弓道には「正射必中」という言葉があります。動作を正しく行うことに集中すれば後から結果はついてくるという意味です。的に当たった(最終的な売上高が好ましい結果になった)としても、フォームが崩れている(各指標の予測と実測に乖離がある)場合、どこかに不調をきたす可能性があります。データ分析はフォームを確認するための「健康診断」の役割を果たします。
データ分析は「会社の意思決定をドラマチックに動かすような活動ではない」と位置付けています。KPIレポートで扱う指標の多くは、変動させるためのレバーを会社側が握っていません。例えば、CVR(コンバージョンレート:購入者数÷お店の訪問者数)は、売上高に直結する指標ですが、仮に「明日のCVRを〇〇%にしよう!」と言ってみたところで、目標を達成できる方法はありません。良い商品企画をし、良いコンテンツを作り、適切なマーケティングチャネルでお客様に呼びかけることで、結果としてCVRが高かったり、低かったりする日が生まれるのであって、CVRそのものをコントロールするのは難しいと考えています。
同様に、商品やコンテンツの企画段階で「アイデア出し」をサポートするのは難しいと考えています。企画とは新しいものを生み出す作業に他ならず、担当者が日々の暮らしの中で抱いた「動機」に勝るような提案を、データ分析から提出するのは難しいと感じています。
一方で、自社がコントロールレバーを握れるような指標については必達の目標として置いています。商品の購入はお客様の意志によって行われますが、発注はクラシコムの意志によって行われるので(もちろん取引先様の状況もありますが)制御が可能です。マーチャンダイジングの部門が見ている「在庫指数」は「当月月末の在庫金額÷来月の売上額予測値」で計算される指数で、バイヤーはこの数字が適正な範囲に収まるように月内の発注を調整します。在庫指数が高すぎるのであれば、商品の販売につながるような施策を行い、在庫が消化されるまで発注を控えます。逆に、在庫指数が低すぎれば、売れ行きを見ながら発注を行います。
図4 モニタリングすべき企業活動の流れ
企業活動は「キャッシュをアセットや商品に変換し、商品を販売することでキャッシュを得る活動」と捉えることができます。KPIモニタリングでは、図4の「矢印の流れ」を可視化することで、健康診断を行いつつ、商品の生産量や仕入れ量を適正化し、在庫回転率や定価消化率の改善に寄与しています。
企業の健康診断を機能させるには「はかる」「わかる」「かわる」という3つのステップがあるように思います。「はかる」とは、体重計で体重を計るように、データで現状を確認することです。「わかる」とは「自分の体調はこういう状態なのか」と発見(インサイト)を得ることです。「かわる」とは「怠けずに運動をしよう」などのアクションにつなげることです。健康診断の土台にあるのが体重計、つまりデータ基盤です。体重計に乗るだけで体重を計れるように、正確なデータに素早くアクセスできる環境を作ることで、迅速な意思決定を行えるようになります。
先ほど紹介したLookerのダッシュボードでは、ディメンションを指定するとデータを絞り込めるようになっていました。Lookerでは、図5のLookMLと呼ばれる設定ファイルにディメンションとメジャー(ファクト)を記載することで、ディメンショナルモデリングを実現することができます。

図5 LookMLによるディメンションとファクト(メジャー)の指定
データ分析者がLookerを使う裏側は、図6のシステム構成になっています。左から右への矢印がデータの流れを表しています。
図6 クラシコムにおけるデータ基盤のシステム構成
データ転送ツール「TROCCO」で複数の業務システムからデータを取得して、データウェアハウス「BigQuery」に書き込み、社内外のデータを一箇所に統合しています。例えば、お問い合せ対応システム「Zendesk」と注文を管理しているデータベース「MySQL」のデータを統合すると、問い合わせ件数と注文件数を比較できます。注文件数が増えていないのに、問い合わせ件数だけが増えている場合、トラブルを早期発見できます。
BigQueryのデータを加工する形でデータモデリングを行っています。データ加工ツール「dbt」 で複雑な前処理を行い、Lookerで最終的なディメンションとファクトを設定しています。dbtはオープンソースのソフトウェアで、集計処理の依存関係を管理できる機能や、集計結果をテストできる機能があります。データの品質担保に関する処理はdbtが、利用者へのデータ提供に直結する部分はLookerが責務を担っています。
ちなみに、クラシコムはTROCCOの「dbt連携機能」を世界で初めて導入したユーザーとなります。風音屋さんがTROCCOの開発責任者と連携して導入を推進しました。便利なサービスを活用することや専門家に支援を受けることで、データ基盤の構築を加速できたように思います。
最後に本稿のまとめです。クラシコムではデータ分析を「健康診断」と位置づけており、D2C運営のKPIをモニタリングしています。実測値が予測値と乖離している場合には、BIツールの機能でディメンションごとにデータを探索し、原因を特定します。「社内に専任のデータ人材が1人もいない」と話すと驚かれることがあるのですが、風音屋さんをはじめとした外部の力を借りながら、BigQueryやTROCCOといったデータ基盤システムを活用し、Lookerによるディメンショナルモデリングを導入することで、柔軟な「健康診断」を実現できているのだと思います。これからも自分たちの組織にフィットするデータ基盤の在り方を模索していきます。