【事例】株式会社商船三井
当社監訳書籍『アジャイルデータモデリング - 組織にデータ分析を広めるためのテーブル設計ガイド』の寄稿事例をWEB掲載しています。
- 本書における寄稿事例の位置づけについては寄稿事例について を参照してください。
- 本ページに掲載している画像および図表については、いずれも同書籍からの引用となります。
株式会社商船三井
寄稿者:経理部 清家久詞
株式会社商船三井は、貨物船などのアセット(資産)を活用し、世界中で海運事業を営んでいます。経営指標として、資産の収益性を図る「ROA:Return On Asset」(総資産利益率:利益 ÷ 資産)に注目し、2035年の目標を定めております。この寄稿では、会計データを柔軟に分析するためのデータモデリングについて、実践的な事例をご紹介します。
風音屋では3年前から商船三井とのお付き合いがあり、直近では会計データの集計・分析を効率化・高度化するためのプロジェクトを支援してきました。経理部のスタッフによるExcelシートの転記作業・集計作業をシステムによって自動化し、BIツールで柔軟に分析できる状態を目指しています。
商船三井は海を起点とした社会インフラ企業として、世界中の人々の暮らしや産業を支える世界経済の持続的発展に不可欠な企業として重要な役割を果たしています。海運事業としては世界第2位の船隊規模で、運航隻数873隻を運航し100か国以上に寄港しています *1。
商船三井は、近年、財務体質が大きく改善したことを踏まえて、事業フィールドを拡張しながら新たな成長を目指すため、経営計画「BLUE ACTION 2035 *2」を策定しました。この経営計画の中で、2035年に向けた事業ポートフォリオを変革していく基本方針を打ち出しました(図1)。
図1 事業ポートフォリオの変革(円の大きさは投下アセット量を表す)
事業別ROAを重要指標に設定し、各事業の成長性・環境戦略性も踏まえつつ、全社の収益性がボラティリティ(変動)を上回るようにアセット配分を進めます。海運事業は比較的市況のボラティリティの高い業種ですが、安定収益型の事業と非海運事業の比率を高めることで、投資拡大によるリスクテイクと海運不況時でも黒字を維持できる事業ポートフォリオを両立させることがねらいです。
事業ポートフォリオの変革にあたって、より良い意思決定を行うために、事業別ROAを精緻かつタイムリーに分析する必要があります。
事業別ROA算出のベースとなる事業セグメントごとの損益と資産の実績値は会計システムから出力できます。しかし、将来の損益見通し数値や管理会計の観点から事業セグメント間で調整するアセット量など、会計システムでは保持していないデータがあります。さらに、現在の日本会計基準ではオフバランスシートとなる傭船料(借りている船舶に対して将来支払う予定の借船料)に関して、事業別のアセット量を独自に算出しています。
これらの数値を組み合わせて事業別ROAを計算するのですが、いずれもExcelファイルとして別々に管理されており、社内のオンラインストレージに散在しています。以前は、これらをさらに別の集計用のExcelに転記して分析を行っていました。手作業での転記のため、集計と計算結果にミスがないかの確認に時間を要していました。
事業別ROA集計業務が財務部から経理部へ移管されたタイミングで、データ分析の業務フローを見直しました。経営管理高度化に向けて、風音屋さんのサポートを受けながら会計データのデータモデリングを進めました。最初に取り組んだのはアウトプットの要件定義です。
これまでは、事業セグメントと勘定科目のマトリックスからなる巨大なExcel帳票と、前回からの差異要因を文章で定性的に説明したワードファイルを用いて経営への報告が行われていました。何が起きているか細かく説明されている良い資料ではあったのですが、課題がある事業セグメントや科目を一目で把握するのには向いていない報告形式でした。
新しい報告では、まず全社的なROAの推移を示し、そこから事業セグメントや勘定科目でドリルダウンし、課題を発見しやすい形式にしています。ペーパーモックアップで複数のビジュアライズを検討したのですが、派手なグラフは適さないことが分かったので、最終的にはシンプルなテーブル表示を採用しました(図2)。

図2 会計ダッシュボードのスケッチ(値はダミー)
次に、ダッシュボードを表示するために必要なデータ項目を洗い出しました。図3のように、ファクト(から生成される指標)とディメンションのマトリックスを書き出し、階層構造を整理しています。これらを組み合わせることで「◯◯年◯月の◯◯事業における◯◯科目は◯◯円で、昨年度に比べて±◯◯円(±◯◯%)の差異が生じている」といった柔軟なデータ分析を実現できるようになります。

図3 会計モニタリングにおける「指標x分析軸」のマトリックス
ただし、WhyまたはHowに相当するであろう「前回差異要因」を構造化データとして持たせることは、初期フェーズでは諦めました。階層を深堀りしていけば「この勘定科目の数字が変動している」「この事業の数字が変動している」といった「差異が生じている箇所」を特定することは可能です。しかし、為替変動のようなケースを除き、なぜその差異が生じたかは会計データからはわからず、各現場部署へのヒアリングが必要となります。差異要因に関するレポート生成の自動化は将来的にチャレンジしたいテーマの1つです。
以上の方針を踏まえて、分析用のテーブルを整えていきました。ファクトテーブルに相当するデータとしては「金額」(◯◯円)だけを持たせておいて、ROA(利益÷資産)の計算はBIツールで行っています。その金額に紐づくディメンションの列を設けることで、事業セグメントや会社単位など、任意の切り口でデータの絞り込みを行えるようにしています。 BIツールには「Tableau」を採用しています。

図4 当初の会計データの処理フロー(イメージ)
分析用のテーブルを作るには、各部署が作るExcelデータを統合する必要があります(図4)。経理部に受け渡されるまでに日数を要するデータも多く、決算日からROA集計の開始するまでにリードタイムが生じていました。各部署の担当者と打ち合わせを重ね、ひとつずつデータ連携のタイミングを確認・調整しなければなりません。一連のデータの流れを見直した結果、事業別ROAの報告までのリードタイムを大幅に改善できました。
また、各部署のExcelデータは、データ分析で使われることを想定しておらず、人間にとって見やすい(Human Readable)帳票として作成されており、プログラムが自動処理しやすい(Machine Readable)形式ではないケースが多かったです。現行業務はそのデータ形式を前提としているため、勝手にフォーマットを変更することはできません。対象となる全ての部署に働きかけて業務フローや管理システムを変えるには、それなりに期間や予算が必要となります。いきなりの変更は現実的ではありません。
そのため、既存のファイルをそのまま取り込み、「Alteryx」というツールを用いて、データの加工・整形を行っています。AlteryxはGUIで操作でき、集計途中の値を確認できるといった機能もあるため、ツールの使い方を覚えてしまえば、経理部のメンバーでもクイックに開発が可能でした。ただ、人事異動や後任への引き継ぎを考慮すると、ある程度のITリテラシーが求められ、経理部だけで運用を続けるには限界があります。継続的な運用を見据えると、本格的なデータ基盤への移行が必要です。

図5 システム移行後の会計データの処理フロー(初期設計案の1つを参考として掲載)
現在は並行してMicrosoft Azure上で全社データ分析基盤の構築を進めています。Excelで管理しているインプットデータも、元をたどれば社内外の何らかのシステムから出力しているものが多いです。将来的には図5のように周辺システムとAzureを連携させ、データの取得・加工を自動化できるように仕組みを整えたいと思います。さらに、現状のデータをBIツールで可視化するだけではなく、新規投資の意思決定に利用可能なシミュレーションツールへと進化させていき、経営計画で目指す事業ポートフォリオの実現に寄与したいと考えています。