寄稿者:マーケティング・アナリティクスユニット チーフ・プロデューサー 高畑信吾
エイベックスは日本を代表するエンタテインメント企業の1つです。BIツール「Domo」の画面上でファクトとディメンションを選び、自由自在にデータを分析しています。風音屋は5年以上にわたってエイベックスのデータ活用推進に伴走してきました。
データモデリングによってファクトとディメンションを整備した先にどのような世界が待っているのか。その過程でどのような工夫やマインドが求められるのか。ビジネスの最前線でデータを扱っているエイベックスの事例を通して、ぜひ読者に追体験していただければと思います。
 
エイベックスは東京に拠点をおく総合エンタテインメント企業です。主要なビジネスは音楽であり、J-POP、ダンスミュージック、アニメ音楽、EDMなど、さまざまなジャンルのアーティストをサポートしています。またライブイベントの企画・制作も手がけており、日本国内外で多くのコンサートやフェスティバルを開催しています。そのほか、アーティストのマネジメントやプロモーションに加えて、音楽出版、映像制作、グッズ販売さらにはアニメ・映像、海外事業など、エンタテインメント産業のさまざまな領域でビジネスを展開しています。
2017年10月にデータ活用推進をミッションとした組織が立ち上がりました。当時はまだデータ基盤構築に関する情報発信が少なく、公開されている事例はベンチャー企業やスタートアップなど、いずれも社内にソフトウェアエンジニア部隊を有する組織ばかりでした。我々のように社内にソフトウェアエンジニア部隊を持たず、システム開発を外部ベンダーにお願いする立場からすると、参考にすべき箇所と無視すべき箇所を見極めなければいけません。かといって、エンタープライズ企業と取引のあるSIベンダーに相談しようにも、クラウドデータウェアハウスの案件実績を持つところは、当時はほとんど見つかりませんでした。
そこで風音屋の横山さん(ゆずたそさん)に声をかけ、データ基盤構築のプロジェクト企画・推進をご支援していただきました。横山さんは2017年当時からデータ基盤構築の事例を積極的に発信しており、しかも複数のSIベンダーを巻き込んだプロジェクトマネジメントの経験が豊富だったため、我々の社内状況を汲み取ってベストな提案をしてくださいました。
データ基盤構築にあたり、データ活用プラットフォーム「Domo」とクラウドデータウェアハウス「BigQuery」という2つのツールを導入しました。Domo(ドーモ)を提供するDomo, Inc.はアメリカ合衆国ユタ州に本社があり、社名・サービス名は日本語の「どうもありがとう」から取っているそうです。社内外の各システムからBigQueryにデータを連携するためには、各システムを担当する外部ベンダーにエクスポート処理の開発を依頼しなければならず、データが使えるようになるまでにリードタイムが生じます。BigQueryのデータ連携の開発プロジェクトを進めながら、同時に「ダッシュボードの利便性」を早期に実感するため、Domoの持つデータコネクターの機能を使いデータを収集し、簡単な加工・集計を行った上で可視化し(図1)、関係者にそれらのデータを見てもらうところからスタートしました。
図1 Domo によるデータ可視化の例(架空のアーティスト)
 
我々の主要ビジネスである音楽事業において、代表的な指標(ファクト)としては次のようなものがあり、新譜(新しく発売される音楽作品)の企画時やリリース前後にモニタリングしています。
 
  • ストリーミングサービスの再生数
  • CD、DVD、BDの販売数
  • 各種SNSのフォロワー数
  • YouTubeのMusicVideoの再生数
  • TikTokやYouTubeショートなどでのUGC(UserGeneratedContents)数
 
これらの指標を「アーティスト名」といったディメンションごとに分けて集計し、アーティストチームにダッシュボードとして提供しています(図2、図3)。
図2 アーティストチーム向けのダッシュボード
 
図3 配信実績モニタリングの例(架空のアーティスト)
 
これらの指標のモニタリングはデータウェアハウスとBIツールの導入前には、人の手で集計・加工して作成した膨大なExcelシートとPowerPointスライドで報告がなされていました。意思決定に関わる役職者が「別の切り口でデータを見ておきたい」と思ったら、担当者に作業を依頼して、後日進捗報告を受けることになります。このようにモニタリングに関するデータ集計・転記の作業に多くの時間を必要としておりました。
一方で、動画サイトやSNS、音楽ストリーミングサービスといったチャネルが次々に登場し、音楽ビジネスの環境は急激に変化していました。より迅速な意思決定が求められる反面、参照すべきデータの種類・量は日々増え続けています。人の手で資料作成を続けるには限界がありました。
しかし、データ基盤構築によって状況が一変し、一部の会議では会議の仕方そのものが変わりました。会議の参加者は、その場でダッシュボード上の数値を確認し、建設的なディスカッションを行えるようになりました。データの収集・加工・可視化が自動化されたことで、データの用意に時間を費やすのではなく、意思決定に向けた準備・議論に専念できるようになったのです。
特に意思決定の場面において、BIツールの利用体験は衝撃的でした。画面上でクリックするだけでディメンションとファクト(Domoでは「メジャー」と呼びます)を選んで自由自在にデータの切り口を変えることができます。誰もが自分でデータを探索し、試行錯誤しながらビジネスの改善方針を検討できるようになったのです。こうしたBIツールの価値は、実際に業務で体験して初めて理解できるようになりました。正直なところ、書籍で解説を読んだり、ベンダーの営業デモを見るだけではイメージできていませんでした。
BIツールを使いこなすコツは、後からデータを集計できる状態にしておくことです。ExcelシートやPowerPointスライドで数字を報告する場合は「月次単位」のようにデータを集約して扱うことが多かったのですが、その考え方ではBIツールの機能を活かすことはできません。月次データから日次の集計はできませんが、日次データから月次の集計をすることは可能です。なるべく細かい粒度でデータを保持することが重要となります。
同様に、他システムからデータウェアハウスにデータを取り込む際には、予めデータを加工するのではなく、加工前の生データ(ローデータ)をそのまま受け取ることが重要です。手元にローデータがあれば、後からデータウェアハウスやBIツールで加工することは可能です。しかし、手元に加工済みのデータしか存在しない場合、後から加工方法を見直したいと思ったら、他システムからデータを送り直してもらわなければいけません。そのため、BigQueryにはローデータを保存するための置き場を用意しています。
図4 エイベックスにおけるデータ基盤のシステム構成
 
システム構成は4のようになっています。エイベックスが提供するサービスに加えて、外部の動画サイトやソーシャルメディア、音楽ストリーミングサービスのデータをBigQueryに統合し、Domoをはじめとする各ツールに連携しています。これら一連のデータパイプラインのジョブはAirflowというワークフローエンジンで管理しています。
図5 風音屋のシステム運用改善シート
 
データ基盤の利用人数やジョブの実行時間など、システムの運用状況を継続的にモニタリングしています。毎月1回、関係者が風音屋さんのシート(5)に記入して、定例会議で改善アクションをディスカッションし、Todoチケットとして進めていきます。このサイクルを5年以上ずっと繰り返してきました。システム構築はゴールではなくスタートです。納品して終わりではありません。データ利用者の意見やシステム運用の現状を可視化し、システムの使いにくい点は修正しつつ、データ活用を前進させることが重要です。
 
図6 データ基盤の利用状況
 
データ基盤の利用状況をモニタリングするにあたり、最初はMAU(Monthly Active User)という指標を重視していました。対象月に1回以上のアクセスがあったユーザーの人数です。6を見ると、利用拡大期には社内ユーザー数が右上がりとなり、データウェアハウスやBIツールが徐々に普及したことが分かります。一定の利用人数に達した後は、質を重視する方針に切り替えました。頻繁に使われるデータを共通化してデータ分析者の工数を削減するなど、ROI(費用対効果)の向上にフォーカスした施策を講じています。
図7 閾値を超えた「バズり」の検知
 
2024年現在、会議でのダッシュボード閲覧に閉じず、データ基盤の活躍はさらに広がっています。図7では、BIツールの機械学習・AI機能を使って、旧譜(過去にリリース済みの音楽作品)の再生実績から今後の再生数の予測値を算出しています。予測値が黒線、実績値が青線、閾値の範囲が水色です。予測値と実績値の差異の大きさが一定の閾値を超えた際に、プレイリスト戦略チームやアーティストチームにアラートが飛ぶように設定されています。予想を上回る再生数の急上昇、要するに「バズり」を早期に検知する仕組みです。
2023年10月には8曲がアラートに上がりました。いずれもSNSやYouTubeで話題になり始めているようでした。「バズリ」の要因を分析し、あるプレイリストの需要があるという仮説を立て、これら8曲を含むオウンドのプレイリストとして即日公開した結果、音楽ストリーミングサービスのプレイリストランキングにチャートインを果たしました。BIツールの機械学習・AI機能を使いこなしてマーケティング活動に組み込んだ事例となります。Domoが機械学習・AIの機能「Domo.AI」を一般公開したのは2023年9月です。そこから1か月足らずのうちに業務成果に繋げることができました。
最後にお伝えしたいこととしては、データを自由自在に扱える楽しさやビジュアライズの美しさなど、テクノロジーを使って「楽しい」と思えることが一番大事だということです。2017年に取り組みを始めた当初は途方に暮れていましたが、「データを使ってこんなことができたらいいな」と思っていたことを、次々と実現できるようになりました。お世話になっている風音屋さんをはじめとして、社内外の関係者が楽しみながら挑戦を続けてきた結果です。エイベックスは、人が持つ無限のクリエイティビティを信じて、世の中に驚きや感動を届けることを使命としています。この寄稿を通して、エンタテインメントを楽しむのと同じように、データ活用の試行錯誤を楽しむためのヒントを得ていただければと思います。